ジャマイカ初の日本人経営の宿、ラブリッシュのオーナー

posted: 2018-09-15 modified: 2018-09-16


Ms.Jun Tochino 栩野淳さん

 「ジャマイカに興味を持ったのは、レゲエとの出会いですね。エリック・クラプトンがカバーしたボブ・マーリーの“I shot the sheriff”だった。彼のLPを買って聴いて、はまりました。1987年縁あってジャマイカに初めて行きました」
 じゅんさんは、神戸のお嬢様学校、甲南女子高等学校を卒業し、神戸女子薬科大学に進み、薬剤師の資格も持っている。卒業後、NYのLaguadia Community College(CUNY)で獣医看護科を卒業、アメリカでの資格も持っている。
 レゲエ好きの延長線にお宿経営するまでには、大変なこともあった。1996年にキングストンのクロスロードでスタートした。じゅんさんのことを、“肝っ玉かあちゃん”と呼ぶ人もいる。その性格は、物事をズバリ言い切り、わが道をゆく。竹を割ったような性格なのだ。2006年、現在のハーフウェイ・ツリーに移動。予算に余裕のないメディアの取材班やレゲエ・ファンの若者がお世話になっているラブリッシュ。この頃は、サイトを見てイタリア人のゲストも多くやって来る。
 どこに行くにも便利なハーフウェイ・ツリー。東京でいえば、渋谷と言ったところに位置している。ボブ・マーリー博物館やレコーディングスタジオもそばにある。部屋数20。プラス男女別のドミトリーがある。特徴は屋外プールがあること。それにジャマイカンブレックファストがつく。
 経営者の顔の他にじゅんさんは、シンクロナイズド・スイミングの”Island Aquatics”のメインコーチをしていて、ナショナルチームの生徒たちも見ている。シンクロは日本で小学生からやっていて、中学生の時は、ジュニア・オリンピックで3位に輝いた経歴を持っている。
 日本人の宿泊客に望むことは?「日本人としてのマナーを守って欲しい。旅の恥はかき捨てみたいな事はやめて欲しいわ。例えば、日本女子がお腹をだしたり、短パンで町を歩くのは、恥ずかしい。ビザの更新とか警察に用事があるような時、この姿では建物に入ることさえできないんです。TPOをわきまえて欲しいわ」。そして最近の日本人は、お金を使わなくなったという。「カップ・ラーメンや日本から持参したパックご飯を食べたり・・・。ジャマイカのレストランは、決して高くないのにね」
 ジャマイカはやはりレゲエの国。レゲエがなくなったらこの国にいる意味はないと言い切るじゅんさん。ジャマイカ内で尊敬できる人はと聞いたら「10年以上住んでいる日本人同胞たちです。10年の壁を乗り越えた人は大体永住できてますね」
 じゅんさんの夢。「お金ができたら、海沿いにラブリッシュ・リゾ―ト・ホテルをオ―プしたいですね」。
 在ジャマイカのじゅんさんにとって、悲しいできごとがあった。宿を手伝ってもらったこともあった、フィルムコーディネーターの朱美テイラー(鈴木朱美)さんが昨年12月に突然亡くなった。誰にも看取られることもなく。その時、じゅんさんは東奔西走し、お香典集めから、お別れコンサートをしきって、朱美さんが愛してやまなかったダブスタジオには、友人のアーティスト狩集氏が作った木彫りのマリア像設置にこぎつけたのである。
 そんな忙しい日々の中、最近じゅんさんは、本を刊行した。「JAMAICA BOOK」
 長年キングストンに住んでいるからこそ書けるディープな内容だ。アマゾン・キンドル・電子書籍だ。これからジャマイカ旅行を計画している人、ジャマイカをもっと知りたい人は一読をお薦めする。

JAMAICA BOOK

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