日本中にスコッチボネット・ホットソースを定着させたい一心で、無農薬、無添加に取り組んでいる

posted: 2018-10-01 modified: 2018-09-30


Mr.Kenta Nakamura 中村顕太さん

 「19歳のとき、ひとりでジャマイカに行きました。人のテンションの高さ、元気さ。初めて行ったのに、何かなつかしさを覚えた」。高校生のとき、葉山海岸で、7月と8月に建てられる海の家「オアシス」でレゲエに出会い、いつの間にかセレクターをやっていた。そこで出会ったレゲエ好きの先輩に「1日も早く、ジャマイカに行け」と言われ、それから猛レツに働いて資金を貯めた。行く前にこれだけは覚えて行った方がいいと教わったパトワ語は「ミーノーワントノーモア」(もういらない)。ジャマイカで、中村さんは、このパトワ語を頻繁に使うはめになった。が、それがきっかけで、ジャマイカンと近づけた気もした。
 2度目に行ったときは、キングストンのスタジオでダブどりをしたが、日本人のサウンドマンが狭いスタジオにあふれていた。しかし、町でひょっこりレゲエ歌手のケンブースやルチア―ノに会えたり、街中に音楽があふれていて興奮しっぱなしだった。
 「アイリ―FMでは、レゲエがなり続け、車はボロでも、設置しているスピーカーから流れる音がいい。帰国してからは、自分も車にスピーカーをつけて、精度のいい音を追い求めたりした」
その後、代々木公園で開催されたOne love Jamaica Festival のボブ・マーリー・トリビュートと題するレゲエ・コンテストで仲間7人とともにスティ―ルパンバンドで参加した。結果優勝し、優勝賞品のジャマイカの高級リゾートホテル・ハーフ・ムーンの招待を受けた。「ホテルでは、何より緊張しないで過ごせた夢の世界だった」と思い出を話す中村さん。
 ジャマイカ滞在中にスーパーで買い求めたスコッチボネット・ソ―スをジャークチキンにかけてみたら“辛いけれどおいしかった”し、日本にはない味だと感じた。葉山の畑で春に種を撒くと、夏に小さい白い花を咲かせ秋に収穫できた。黄色い、丸い小さいかわいらしい実だ。スコッチボネットとは、スコットランドの貴婦人がかぶる帽子に似ているからその名がつけられたと聞いている。
 レゲエを通じて知った音、パーカッション、主にケテというジャマイカの太鼓に魅せられた時もやってみてどんどんのめりこんでいった。過去、横浜レゲエ祭で演奏したり、今は各地のライブ会場にも参加している。
 農業も独学で試行錯誤を続けながらやって来た。多くの仲間との出会いが、中村さんを後押しした。「ジャマイカで、すっからかん」になった時、ジャマイカンに助けられたり、葉山の「オアシス」で出会った広島の味噌食品加工業者さんの協力により、スコッチボネット・ホットソースの商品化が実現したり、単に“ツキ”だけの人生ではないようだ。
 「自然との戦いです。アブラムシ、ダンゴムシ、ハムシ。そして台風や気温の寒暖。無農薬、無添加にこだわり続けています」と話す。そこには、誰もが応援したくなる穏やかでひげが似合う中村さんの笑顔があった。