在日20年、77歳。レストラン「ジャマイカーナ」(神戸)のオーナーシェフは、歌手だった

posted: 2018-10-15 modified: 2018-10-13


Mr.Noel Winston Lindsay ノエル・ウインストン・リンズィーさん

 ウインストンさんは、ジャマイカのセント・アンで生まれたけれど、ジャマイカが独立(1962年8月6日)する前に一家でイギリスにわたり、そこで育った。その頃、イギリスはリズム&ブルースの時代だった。父親が37歳で亡くなり、母親が働きに出ていた為、9人兄弟で代わるがわるキッチンに立ち食事を作った。ジャマイカ料理はそこで覚えたのだそうだ。
 1960年、ロンドンでジャマイカンの仲間と音楽グループを結成して、ボーカルとサックスを担当していて、ジャマイカ出身の歌手、ハリー・べラフォンテの歌などを歌っていた。まだ、レゲエが生まれていない時代である。「1966年、ロンドンでヨーコ・オノに会った。ジョン・レノンのワイフ。彼女はやさしかったね。結婚するなら日本女性だと、その時決めたね」。ビートルズは結成当時「へタクソだったよ。でも、ステ―ジのたびに、うまくなっていったね」。自分たちのグループ「pitiful sounds」 は、1967年ヨ―ロッパツアーに出て、1969年にはロシアにも行った。続いてシンガポール・ツアーに出てそこで有名になった。その後、韓国ツアーも果たし、日本では、赤坂のナイトクラブ「MUGEN」でも何度も演奏して、そこの常連客だったスカルノ元インドネシア大統領の前でも演奏した経験がある。日本の歌手たちとも多数競演した。「ヒデキ・サイジョーは、ナイス・エンターテイナーだったよ」。日本の歌手で一番と思える歌手はと聞いたら「ヒバリ・ミソラだね。100年に1度の天才!声もいいし、ハートで歌っている」と即答。続けて、自分はエリック・クラプトンが好きだね、彼はいいミュージシャンだと言った。
 ウインストンさんは、歌手時代の話をするとき、目がキラキラして、実に楽しそうだ。途中で“さらば、ジャマイカ”をアカペラで歌ってくれ、筆者を感激させた。歌は15歳頃からはじめ、すべて独学である。「声は、年齢を重ねるごとによくなったと思う。心から歌えるようになったね」。
 日本で一番印象に残る出来事があれば?「奥さん、みどりさんに出会った事さ!」と茶目っ気たっぷりに笑った。みどりさんは、ボーカリスト、ウインストンさんの大ファンだったそうだ。いつも客席に座っている彼女の姿に魅せられ、ウインストンさんが猛アタックしたとか。自慢のお嬢さんは、ミズノのテニスコーチでシンガポールに赴任していて、息子さんも日本でIT関係の仕事についている。日本語はローマ字で覚えて、分からない単語は出会った人にすぐ聞いて覚えた。日本食は寿司をはじめ納豆も食べる。醤油は、日本の最大のスパイスだと思っている。
 1983年に神戸に住んでからは、北野のレストラン・結婚式場のマネージャーを任せられたり、ビジネスの経験を積み重ねてきた。「ネバーギブアップ」の精神でやってきた。「日本人とつきあって、学ぶ事は多い。関心を持つと必ず教えてくれた。日本は世界一きれいな道。人種を気にしないし、親切。死ぬまでここにいるよ。だけど、最近思うことは、来日した頃に比べて殺人事件も多くなったし。日本人は文化を失った気がするね」
 音楽も料理も独学のウインストンさん。とりわけ彼の前向きな学ぶ姿勢には関心した。それに気配り。筆者がインタビュー中、メモを取る紙の余白がなくなってしまったら、「紙たりないね~」と言いながらA4サイズの紙をさっと用意してくれたのである。
 芸能界、レストラン経営と、すべて全力でのりきってきた。酒もタバコもやらない。「すべては、セルフ・コントロールさ!」

JAMAICANA ジャマイカーナ

URL:http://jamaicana-kobe.com
〒651-0004 神戸市中央区中山手通1―22-27 DOM‘S北野ビル8階
TEL&FAX:078-251-6488
ランチ:11:30~14:00 土曜日、日曜日、祭日
デイナー:17:30~24:00
定休日:月曜日