それは、‘96年、キングストンでのレコード買い付けから始まった

posted: 2018-11-01


Ayako Iyah Knight ナイト’Iyah’ 彩子さん

 マルチに活躍する彩子さんの肩書きは、ひとつだけではない。それは、‘96年、キングストンでのレコード買い付けから始まった。

 「幼い頃から音楽は常に身近にある家でした。レゲエだけでなく様々な音楽のLPが家にありました。私は9歳からフルートを習っていて藤沢市のジュニアオーケストラなどで演奏していました。クラシックを含め、ヘビメタもR&Bも、好きなものは何でも聴いていました」
 高校生になる頃、レゲエを聴くようになり、ボブ・マーリーの詩に始まり、ラスタの思想に興味を持ち、詩の意味と独特のリディムに関心をもつようになった。気に入った音楽と映画を何度も鑑賞して英語をマスター。神田外語大学英米語学科に学びながら、通訳専門学校に通うというダブル・スクールを経験。
 96年2月。当時大学4年生、ジャパンタイムズの求人広告に「ジャマイカ駐在レコードバイヤー募集」を発見し、すぐ応募。そして採用。周囲の心配をよそに新卒で同年4月にキングストンに単身赴任。初めてのジャマイカだった。すぐに会社登録し「OASIS JAMAICA Ltd.」を設立してマネージング・ディレクターになった。22歳だった。
 当時、ジャマイカは世界一のレコード生産量。毎日、新曲がキングストンのあちこちでリリースされていて、街の真ん中にあるレコード店「アクエリアス」には新曲を求めて、みんなが集まる。ターンテーブルから流れる新曲を聴いて手をあげるとレコードが投げられ、すぐさまキャッチして買う。まるで“競り”のよう。キングストンに点在するレコードディストリビューターを地図で調べて通い、一日のほとんどは大量のレコードを車に積んでキングストン中を走り回る日々。その頃は、キングストンのゲットーと呼ばれる地区の裏道をすべて知っていたと事もなげに言う。「当時、レコードをスムーズに流通させるバイヤーになるには、相手のジャマイカ人にこちらの意思をきちんと伝え、仕事してもらうためには、言葉が何よりも大事だと思っていました。必然的に徐々にパトワ語も話せるようになり、仕事は、よりスムーズになった。英語とパトワ語の使い分けができるとジャマイカでは非常に便利」。その後、彼女の評判を知ったドイツのレコード配給会社が仕事を依頼してきた。それはカナダ、バルバドス、シカゴなどとの取引にも発展し、多い時には1ヶ月に約25,000枚のレコードを発送していた。自宅の入り口はレコードオフィス、裏口にはホームスタジオを作り、アーティストやプロデューサーが次々と訪れた。
 レゲエのジャパンツアーに参加していた、べーシストのイアンとは、日本で知り合いのちにジャマイカで結婚。ジャマイカで2度の出産も経験。「出産翌日には退院して、自宅で仕事をしていました」。日本では、考えられない事を次つぎと体験している。日本のアーティストがジャマイカで音楽制作をする際のコーディネート業も携わり、ジャマイカから日本への仕事の橋渡しをしてもらったアーティストも多い。日本語から英語へ、英語から日本語への訳詞も手がけた。レゲエ雑誌のライターをして多くのアーティストのインタビューや、大手旅行情報サイトのジャマイカガイドのライターもしていた。日本の本社は旅行会社(現・OASIS)もしていたのでガイドとして、旅行者のホテル手配なども請け負っていた。
 母としての活躍も同時に続く。在ジャマイカの日本人子女のための月2回、補習授業。「漢字の手作りカードで、日本語の読み書きを自分の子供も含めて教えていました。楽しかったですよ。月~金、レコードを出荷、土日は田舎で休暇。長女が生まれた時に、中学から日本で教育を受けさせたいと決めていたので、2011年、15年のジャマイカ駐在を経て日本に帰国しました」
 現在の主な仕事は、ジャマイカの味をフードトラックで販売。「Yaad Food,本場ジャマイカ料理」と書かれたラスタカラーのひときわ目立つ車だ。「料理は独学。ジャマイカでは何もないところから、食べたいものを工夫して作っていました。厳密なレシピはなくフィーリングで作る。レゲエと似ているような。レゲエには、マニュアルがない。恵まれた機材がないところから工夫して、ミニマムな音で、予定調和なしの化学反応を越こし、大正解にたどりつく」
 レコード配給、音楽家のアルバム制作、通訳、訳詞、翻訳。八面六臂に活躍する彼女に、中でも自信を持っている好きな仕事は?と聞いたら「お母さんの仕事(笑)」と即答。娘の誕生日パーティの折、手づくりの食事を提供して75人の招待客を喜ばせた。そのパワーはどこからくるのだろう。「とにかく人が好き。ひとりも好きだけど。良い人との出会いに恵まれているおかげ」と実に謙虚だ。しかし、心が折れた事もあった。「主張して、なんぼの世界のジャマイカ人の中で、見知らぬ人が、思いがけずかけてくれた言葉に、パワーや励ましやユーモアが詰まってたりする。そんな時、ジャマイカに、スピリチュアルなものを肌で感じて、生きている!って感じがするんです」
 ダブの巨匠、リー・スクラッチ・ぺリーが来日してTV番組「笑っていいとも」に出演したとき、彼女が通訳をした。彼の‴ブッ飛んでる生き方“を目の当たりにし「彼ともっと近しく接したら、誰しも人生怖いもんなし!ってなるかも」と笑う。最近、リー・スクラッチ・ペリーの未公開ドキュメンタリー映画とそれに続く講演が南青山のギャラリーで行われた。世界的に有名なレゲエ評論家でライターのデヴィッド・カッツ氏が来日し同時通訳を担当した。カッツ氏は「彼女の翻訳は実に正確。準備段階で話をきちんと詰め、本番で話がそれても柔軟に対応してくれた。ジャマイカ音楽、文化そして社会に深い知識を持っている。賢くて魅力的、磁石のようなひと。日本で初めて彼女に会ったとき、もうずっと前から知りあいみたいな感じがした」と絶賛した。
 彼女のすべての活動は繋がっていてそれぞれの仕事を豊かにしている。
 「ジャマイカは一筋縄ではいかないのも魅力。いちいち試してくる(笑)。豊かな自然や美味しいフルーツ、ジャマイカの本当の魅力をもっと皆に知って欲しい。私とジャマイカに行きましょう!」

Ayako Iyah Knight

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