「レゲエが私を一番必要としていた」と語る音楽ライター


(左)取材中のベレス・ハモンドと(右)来日時のベイビー・シャム

 新聞社の特派員の父親とプレスリー大好きな母親に育てられた美菜子さんは、2歳から5歳までアメリカ暮らしで、初めて覚えた言語は英語。帰国子女でもある。
「小学3年生の頃、TVでピンクレディのダンスを1回見て、翌日には踊りが完璧にできた」と学校でも評判の女の子だったそうだ。「私、いつも凝り方が異常だった」と振り返る。大学を卒業すると同時に雑誌「Reggae Magazine」を発行していたタキオン社に就職。そこではReggae Japansplashというイベントも主催していて、その広報などもやりながら、レゲエづけの日々だった。レゲエと関わる毎日は楽しかったけれど、寝食忘れて働きづめの日々で、体をこわしてタキオン社を退社した。その後、航空会社系の業界誌にしばらく勤めた後、貯金を持って「音楽ライター」をめざしてNYに飛んだ。帰国子女とはいえ、英語は「取材ができるレベルではないと思った」と池城さんはコミュニティカレッジの英語クラスで学びながら編集者の仕事を得て、専門職visa H1Bを取得した。それと並行して音楽誌への寄稿を始め、98年にフリーのライタ―に。毎週土曜日には、日本人の子どもに国語を教える補修校の先生を8年間続けた。オファーされたチャンスを確実に形にしていくエネルギーがあった。

その行動力は誰もが認めるほど、スピードがある。過去、筆者は、彼女の著書『まるごとジャマイカ体感ガイド』というガイドブック出版の際にほんの少しだけお手伝いした事があった。その時からずっと感じていたのだが、とにかくレスポンスが早いし、どんな問いに対しても自信に満ちた応えがかえって来た。しかもソフトな声で。それは周囲の誰をも圧倒する魅力に満ちていた。

過去、ジャマイカの有名なシンガーをたくさんインタビューして記事を書いた中で印象に残っている人たちを聞いてみた。「みんなステキだし面白い!たとえばべレス・ハモンド。彼の歌は名曲ばかり。キング的存在でコンサートはいつも満席です。言ってみれば美空ひばりのような存在。刑務所にはいっているニンジャマンとヴァイブス・カーテルもいいです。カーテルは刑務所から歌をだしているし、ファンも多いしジャマイカってちょっとおもしろいですよね。ボブの末息子のダミアン・マーリーのコンサートのパフォーマンスは圧倒的」。それにブジュ・バントンなど、次々に大物シンガーの名前がとびだしてくる。中でもショーン・ポールは育ちがいい異色の存在だったという。「彼は水球の選手だったこともあり、アップ・タウン出でそれなりの苦労はしたと思います。中国系の母は画家、父親はポルトガル系の白人のジャマイカン。ラティーノにみえるハンサム。アメリカでも人気があるんですよ」と話しは続く。彼らの話をする時、池城さんは楽しくてしょうがないと表情豊かになるのだ。

ジャマイカの魅力については「“生活+音楽+自然”が一体となっていること。21年間NYに住んでいてもコンサートはジャマイカへ飛んで行って楽しむし、それに星空の下で聴くサウンド・システムは最高ですね」と言う。

今、注目の18歳の歌姫がいる。KOFFEEと言う名前で歌ってDJもする才能豊かな新人でまだ来日してない。

あまり思い悩まない池城さんは、ジャマイカで落ち込むこともあるそうだ。それは、仕事で豪華なパーティに招待されてあり余る食べ物を見た後、貧困家庭の子どもたちが満足に食べ物も口に入らない事実。そのギャップに「自分は何をしているのか、わからなくなる時さえある」と言う。一時的にほどこす事が、子どもたちの行く末に正しい答なのか、そんな時に精神的に“やられて”しまうそうだ。
池城さんにとって、レゲエの魅力は何ですかと聞いたら「わからないから書いています」との応えだった。
現在も、次なる著書の構想を練っている最中だそうだ。忙しい日々の合間をぬって絵画展めぐりも楽しんでいる。

池城さんの話を聞いていると元気が出てくる。たくさんのレゲエ・シンガーと仕事をして、愛されてきたわけがわかったような気がした。どの仕事も全力で取り組み、楽しむ池城スタイルは、豊かな感性もさることながら努力のたま物に違いない。
さらなる活躍から目が離せない。

コンタクト先:

Email address :minako.ok9@gmail.com
著書の紹介:
『まるごとジャマイカ体感ガイド』Space Shower Books
『ニューヨーク フーディ』
翻訳書『カ二エ・ウエスト論』


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